【楽曲解説】F. シューベルト《鱒》Die Forelle D 550

作曲家

フランツ・シューベルト

Franz Schubert(1797–1828)

オーストリアの作曲家。

わずか31年の生涯に600曲を超える歌曲を残し、「歌曲王」とも呼ばれています。

詩の言葉や情景、登場人物の心理を、歌の旋律だけでなくピアノ伴奏によっても鮮やかに描き出したシューベルトは、ドイツ・リートの歴史に大きな足跡を残しました。

《鱒》D 550は、その中でも特に親しまれている歌曲のひとつです。

作詞家

クリスティアン・フリードリヒ・ダニエル・シューバルト

Christian Friedrich Daniel Schubart(1739–1791)

ドイツの詩人、音楽家、ジャーナリスト。

《鱒》の詩は1782年に発表されました。

原詩は全4節ですが、シューベルトが歌曲として作曲したのは第1~3節。原詩の第4節に書かれた教訓的な内容は、歌曲では省かれています。

歌詞・日本語対訳

第1節

In einem Bächlein helle,

澄みきった小川の中を、

Da schoss in froher Eil

楽しげに、勢いよく泳いでいった

Die launische Forelle

気ままな一匹の鱒が、

Vorüber wie ein Pfeil.

矢のように、すっと目の前を通り過ぎていった。

Ich stand an dem Gestade

私は岸辺に立ち、

Und sah in süßer Ruh

心地よい安らぎの中で、

Des muntern Fischleins Bade

元気な小さな魚が水遊びする姿を、

Im klaren Bächlein zu.

澄んだ小川の中に眺めていた。

第2節

Ein Fischer mit der Rute

釣り竿を持った一人の漁師が

Wohl an dem Ufer stand

岸辺に立っていて、

Und sah’s mit kaltem Blute,

冷静な様子で見つめていた、

Wie sich das Fischlein wand.

小さな魚が泳ぎ回る姿を。

So lang dem Wasser Helle,

水がこんなに澄んでいるかぎり、

So dacht’ ich, nicht gebricht,

大丈夫だ、と私は思った。

So fängt er die Forelle

この漁師があの鱒を

Mit seiner Angel nicht.

釣り針で捕まえることなどできないだろう、と。

第3節

Doch endlich ward dem Diebe

ところがついに、その盗人は

Die Zeit zu lang, er macht

待ちきれなくなって、

Das Bächlein tückisch trübe,

ずる賢く小川の水を濁らせた。

Und eh ich es gedacht,

そして私が「あっ」と思う間もなく、

So zuckte seine Rute,

釣り竿がさっと跳ね上がり、

Das Fischlein zappelt dran,

小さな魚は針にかかって、もがいていた。

Und ich mit regem Blute

私は胸を高鳴らせながら、

Sah die Betrogne an.

騙されてしまった鱒を見つめていた。

楽曲解説

明るく澄んだ小川を、矢のように泳ぎ回る一匹の鱒。

《鱒》の魅力といえば、まず何といっても、その情景が音になって目の前に現れるようなピアノパートにあります。

絶え間なく動き続ける細かな音型は、きらきらと流れる水や、その中を俊敏に泳ぎ回る鱒を連想させます。

そこにシューベルトらしい軽やかな旋律が重なり、冒頭から生き生きとした小川の風景が広がります。

物語の前半では、語り手はその光景を楽しそうに眺めています。

そこへ現れる、一人の漁師。

しかし水が澄んでいるかぎり、鱒には釣り針が見える。

語り手も、

「これなら捕まるはずがない」

と安心して見守っています。

ところが、漁師は待ちきれなくなり、小川の水をわざと濁らせてしまいます。

ここで音楽の表情も一変。

それまで明るく輝いていた小川が突然暗くなり、ピアノも歌も緊張感を帯びます。

そして次の瞬間――

竿が跳ね上がり、鱒は釣り上げられてしまうのです。

なぜシューベルトは「第4節」を作曲しなかった?

実は、シューバルトの原詩はここで終わりません。

原詩の第4節では、この鱒の物語を若い女性への警告へと結びつけます。

純粋な若者が誘惑する男の策略によって騙されないように・・という、物語の「教訓」が明確に語られるのです。

しかし、シューベルトはこの第4節を作曲しませんでした。

そのため歌曲《鱒》では、物語は「騙されて釣り上げられた鱒を、語り手が見つめる」という場面で終わります。

教訓を言葉で説明してしまわず、聴き手にその意味を委ねたことで、この作品は単なる寓話を越えた、より余韻のある歌曲になったとも考えられます。

無邪気に泳いでいた鱒。

それを見守る語り手。

そして、策略によって鱒を捕らえる漁師。

明るく愛らしい音楽の奥には、無垢なものが策略によって奪われてしまう瞬間も描かれています。

歌うときに味わいたいポイント

この曲では、最初から最後まで同じ「明るい曲」として歌わないことも大切です。

第1節では、目の前を泳ぎ回る鱒を眺める好奇心と喜び

第2節では、漁師が現れ、物語を見守る少しの緊張感

そして第3節では、水が濁り、鱒が捕らえられてしまう劇的な変化

同じ基本的な旋律が繰り返されながらも、詩の内容によって音楽の意味は大きく変わります。

さらにピアノは、単なる「伴奏」ではありません。

流れる水、泳ぐ鱒、濁っていく小川、そして物語の緊張――。

歌とピアノが一緒になって、一つの小さなドラマを描いている。

ドイツ・リートにおける「詩・歌・ピアノ」の密接な関係を、とてもわかりやすく味わえるシューベルトの名曲です。

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