【楽曲解説】R.シューマン「献呈」Widmung /歌曲集《ミルテの花》Myrthen Op.25 より 第1曲

作曲家

ロベルト・シューマン

Robert Schumann(1810–1856)

ドイツ・ロマン派を代表する作曲家。

ピアノ曲、歌曲、交響曲、室内楽など幅広い作品を残しましたが、とりわけ1840年は100曲を超える歌曲を作曲したことから、シューマンの「歌曲の年」と呼ばれています。

《献呈》は、その1840年に作曲された歌曲集《ミルテの花》Op.25の第1曲です。

作詞家

フリードリヒ・リュッケルト

Friedrich Rückert(1788–1866)

ドイツの詩人・東洋学者。

豊かな抒情性を持つその詩には、シューマンをはじめ、シューベルト、ブラームス、マーラーなど多くの作曲家が音楽をつけました。

《献呈》の詩では、愛する人を「魂」「心」「世界」「天国」、さらには「墓」とまで呼び、喜びも苦しみも含めて、相手が自分の存在そのものになっているような深い愛が歌われています。

歌詞・日本語対訳

Du meine Seele, du mein Herz,

あなたは私の魂、あなたは私の心、

Du meine Wonn’, o du mein Schmerz,

あなたは私の喜び、ああ、そして私の苦しみ、

Du meine Welt, in der ich lebe,

あなたは、私が生きる世界、

Mein Himmel du, darein ich schwebe,

あなたは、私が舞い上がってゆく天国、

O du mein Grab, in das hinab

ああ、あなたは私の墓、そこへ

Ich ewig meinen Kummer gab!

私はすべての悲しみを永遠に葬った。

Du bist die Ruh, du bist der Frieden,

あなたは安らぎ、あなたは平和、

Du bist vom Himmel mir beschieden.

天から私に授けられた人。

Daß du mich liebst, macht mich mir wert,

あなたが私を愛してくれるから、私は自分自身を尊いと思える。

Dein Blick hat mich vor mir verklärt,

あなたのまなざしが、私自身を輝かせてくれた。

Du hebst mich liebend über mich,

あなたは愛によって、私を私以上の存在へと高めてくれる、

Mein guter Geist, mein beßres Ich!

私の善き魂、私のより良き「もう一人の私」よ!

楽曲解説

《献呈》は、シューマンの歌曲の中でも特に有名な、まっすぐな愛の告白ともいえる一曲です。

この曲が作曲された1840年は、シューマンにとって特別な年でした。

長い間、クララ・ヴィークとの結婚を彼女の父親から強く反対され、二人は結婚を認めてもらうための法廷闘争まで経験します。

そしてようやく結婚が認められ、1840年9月12日、二人は結婚。

シューマンはその前夜、26曲からなる歌曲集《ミルテの花》を、花嫁クララへの贈り物として手渡しました。

「ミルテ」は、ヨーロッパで愛や結婚と結びつきの深い植物。

その歌曲集の扉を開く第1曲が、この《献呈》です。

「あなたは私の喜び、そして私の苦しみ」

愛する人を、

魂、心、喜び、苦しみ、世界、天国、そして墓

とまで呼びます。

喜びだけでなく、苦しみも悲しみも含めて、その人が自分の人生そのものになっている。

長い困難を乗り越えてクララとの結婚にたどり着いたシューマンがこの詩を選んだことを考えると、言葉の一つひとつがより切実に感じられます。

中間部で現れる、深い安らぎ

冒頭では、ピアノの豊かな響きに乗って、抑えきれない愛が大きく広がっていきます。

ところが、

「あなたは安らぎ、あなたは平和」

と歌われるところから、音楽の表情は大きく変化します。

高揚する愛から、静かで内面的な愛へ。

愛する人の存在そのものが、自分に安らぎを与えてくれる――そんな親密な世界が広がります。

そして最後には、冒頭の情熱的な音楽が再び戻ってきます。

「あなたが愛してくれるから、私は自分を愛せる」

この曲の中でも特に印象的なのが、

「あなたが私を愛してくれることが、私自身を価値あるものにしてくれる」

という詩です。

愛することだけではなく、誰かから愛されることで、自分自身の見え方まで変わっていく。

そして最後には、愛する人を

「私のより良き、もう一人の私」

と呼びます。

二人の人間が深く愛し合うことで、それぞれが一人では到達できなかった場所へと高められていく。

そんなロマン派らしい愛の理想が、この短い歌曲の中に凝縮されています。

歌うときに味わいたいポイント

《献呈》は情熱的な曲ですが、最初から最後まで「強い愛」を押し出して歌うだけではありません。

冒頭の高揚感。

中間部の静かな安らぎ。

そして、再びあふれ出す愛。

この外へ向かう情熱と、内側へ向かう親密さのコントラストが、この曲の大きな魅力です。

また、ピアノも単なる伴奏ではなく、歌声とともに感情の高まりや揺らぎを描き続けます。

愛する人を「あなたは私のすべて」と讃えながら、その愛によって自分自身までも変わっていく。

シューマンとクララの物語とも重なり合う、ドイツ・ロマン派歌曲を代表する愛の歌です。

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